馬と鹿と野と郎の日記

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

天皇賞・秋を逃げ切り勝ちした名馬であり、噛ませ犬ポジションになったG1・3勝馬、ニッポーテイオー。


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 天皇賞・秋でパンサラッサが大逃げしたことに関連して、「秋天の逃げ切り勝ちは、87年のニッポーテイオー以来ない」というコメントもあった。

 秋天のそういうデータ抑えてないんで、本当かちょっとわかんない。
 しかし、昨日のパンサラッサが観衆を魅了する走りをしながら、結果でいえば1馬身差の2着だから、「あぁ、確かにニッポーテイオーは強かったな」って思い出し語りするわ。

 

 JRAがお出ししている公式動画でいつでも見れる(私も後から見た一人)が、天皇賞・秋でのニッポーテイオーは、スタートからハナを奪い、直線ではさらに独走して5馬身差の勝利だった。


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 その年は、ミホシンザンの故障引退等で、相手関係が楽になっていたとはいえ、ワイのような素人からすれば、「おお、つえぇ!」とびっくりするレースだった。
 ところがニッポーテイオーは、ワイが競馬を見始めた90年代には、ワイと同じ若いファンに認知されてるかどうか、というレベルで影が薄かった。

 翌88年の宝塚記念で、タマモクロスにあーーっさり交わされ、2馬身半差の2着。


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 ちょうどオグリキャップ の登場と、オグリVSタマモの芦毛最強対決が競馬ブームに火を付けただけに、ニッポーテイオーはタマの引き立て役というか、噛ませ犬みたいなポジションに転落してしまった。

 「ウマ娘シンデレラグレイ」でもそうなってるねぇ(「アキツテイオー」として登場)。強者オーラをまとったキャラデザと、周囲から現役最強馬の扱い。
 そして、「それを破ったタマモクロスはもっと強い!」「現役最強!」という、「そうなるわな」の流れ。

 

 種牡馬としても、重賞勝ち馬をちょこっと出した程度で、認知度をますます下げていった。
 先輩名マイラーニホンピロウイナーが、ヤマニンゼファーらG1馬を複数だし、しかも「父の勝てなかった秋天を勝った!」というドラマまで作ったのと比べると、無残な差だった。
 ニッポーと比べると、ウイナーには運もあった。トニービンサンデーサイレンスといった輸入種牡馬が無双する時代のギリギリ手前で、ヤマニンゼファーという大物が出たのだ。
 ゼファーが前年に続き安田記念を勝ち、秋天も勝った93年というのは、ちょうどトニービンの初年度産駒がクラシックを走っていて、ベガが桜花賞オークスの二冠牝馬になり、ウイニングチケットがダービーを取った年。ほか、ノースフライトサクラチトセオーが、古馬になってからG1を勝っている。
 ニッポーテイオーの場合、初年度産駒がトニービンの初年度産駒と被っており、ニッポー産駒のインターマイウェイは、ウイニングチケットが買った弥生賞で8着、サクラチトセオーが勝った天皇賞・秋で7着となっている。

 また、SSの初年度産駒が、皐月賞とダービーでワンツーフィニッシュ(ジェニュインとタヤスツヨシ)して競馬界に衝撃を与えた95年、ニッポーテイオー産駒のダイタクテイオーという馬も、毎日杯を勝って皐月賞とダービーにコマを進めていた。

 結果は8着と6着。(※ここらへんの話は、「スポーツ・グラフィック・ナンバー」の978号、「時代を変えた7つのダービー タヤスツヨシ」を参照)

 現役時代はタマモクロスの噛ませになり、種牡馬としては、サンデーサイレンスの噛ませにされたようなものだ。

 

 ウマ娘から入った初心者に、「ハルウララの父がニッポーテイオー」と知られるにつれ、「じゃあハルウララって良血だったんだ」的なコメントも見かけた。
 競馬界における「良血」の意味は流動的です…。
 SSのように、「無名の血統」と言われながら、馬自身も産駒も大活躍したので、「良血」に評価の変わった馬がいれば、その逆もしかり。
 ニッポーテイオーは、ハルウララが3歳になった2000年(オペラオーら覇王世代がクラシックを走っていた年)、種牡馬を引退している。ハルウララが走っていた時にはもう、種牡馬として見限られていたわけで、だからこそ、ハルウララも賞金の低い高知競馬に所属して走ることになったのだろう。

 ハルウララはマジで雑草。
 シングレでいえば、「カサマツ」みたいに、賞金が低い・金のかかった設備がないのないない尽くしで、いい馬も集まらず隙間風が吹く状況から生まれた(仕掛けられた)アイドルホースだった。

参考

ja.wikipedia.org

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関連動画

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