馬と鹿と

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

バブルガムフェロー、朝日杯の価値が落ちる前の2歳王者?

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 バブルガムフェローに言及している過去記事をサルベージ。

inunohibi.hatenablog.com

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 当時バブルのレースをリアルタイムで見つつ、あまり思い入れがなかったという語りになっている。

 

 うーん、フジキセキ(94年優勝)、バブル(95年優勝)、グラスワンダー(97年優勝)…。
 この時期の朝日杯3歳ステークス(当時の名称。現・朝日杯FS)は、「強さを見せると故障する」という縁起の悪いレースになってたな。

 そもそも、まだ成長途上の3歳(現2歳)馬が、G1だからと本気を見せて走ると脚を悪くする、成長をゆがめるという説もあった。

 ※大川慶次郎氏が「大川慶次郎回想録 まっすぐ競馬道」(文庫ではなく原著の方)で言っていた。そもそも、バブルの主戦騎手である岡部幸雄氏が、馬の成長や生涯キャリアを重視するタイプなので、3歳G1で無理するわけないんだけど…。故障するときはする、という事か。

 距離も牡馬クラシックの予行演習としては半端で、やがて素質馬は、G3でも2000mのラジオたんぱ杯(のちにホープフルS)に流れていくようになる。

 特に00年、「新時代の扉」組のタキオン、ジャンポケ、クロフネが唯一回そろったラジオたんぱ杯は、「伝説の一戦」としてファンに語り継がれ、2歳中距離路線を確立したといえる。