犬沼トラノオ日記

「・・・ところで、ご存じですかね、アルジェリアの総督の鼻の下には、瘤があるのを?」(ゴーゴリ「狂人日記」)

ドラマ「チア☆ダン」 感想

 TBSの金曜ドラマ。すでに映画版が存在する。

 映画はひどかったが、ドラマも負けず劣らずなかなかひどい。事情はよく知らないが、映画と色々設定が変わっている。薄っぺらい勝利至上主義でチームをあおるのが、顧問の教師から同じ女子高生のチームメイトに変更されたのは改善点。「若さゆえ」仲間を気遣えず熱くなりがちだと思ってみれば、多少許される。
 しかし、主人公より意志や我の強い登場人物もいないので、結局周囲が主人公の情熱に感化される形でストーリーが進んでいく。魅力のない主人公格に人が付いていくという、映画と同じ弱点を引きずる。
 熱血スポ根物に「中身がない」などと野暮なことを言うつもりはないが、もっと設定やキャラクターは工夫すべき。

ノーベル経済学賞は、ノーベル賞ではない。

 #一般人の方が時々誤解しておられること
 ノーベル経済学賞の正式名称は「アルフレド・ノーベル記念スウェーデンリクスバンク経済学賞」で、スウェーデン中央銀行が創立300周年を記念して作った賞。あくまでノーベルを記念しているだけで、ノーベル賞ではないらしい。
 ※経済学賞がノーベルの遺言には関係なくて、あとでつくられた賞というのはそれなりに知られていると思う。が、そもそもノーベル賞ではないというのは、私も最近知った。詳しくは共同通信ロンドン支局取材班編「ノーベル賞の舞台裏」第四章の209~210ページ。
 だから、「ノーベル賞の中で日本人が唯一取れてないのは経済学賞」というのも、厳密には間違い(テレビでそう言うクイズもあったが・・・)。もうすでに日本人はノーベル賞を総なめにしていた!

オリンピックなんていらねえよ、夏

 最近西日本を襲った豪雨や猛暑は、日本の自然が厳しいことを改めて認識させるが、それに合わせて柔軟に考える頭を政治が持っていない。「予定通り」カジノだのなんだの通そうとする杓子定規な自民・公明与党にビックリ。
 次のワールドカップは中東のバーレーンで行われるが、暑さを考慮して秋に開催されるらしい。当然だわな。なんで日本は無理のある夏開催に固執するのか。
 昔秋にやっていたオリンピックを真夏に変更したのは、アメリカのテレビ業界の意向だという。ビッグなスポーツ大会がなくて空白期間である夏にやってくれ、と言われたんだって。たったそれだけの理由だ。
 麻生太郎さんはアメリカのカジノ業界からパーティー券買ってもらっていることを文春に暴露されたが、夏のオリンピックも、それを上回るほどの利権でもあるんでしょうかね?
 災害対策よりカジノ。熱中症で失われる健康よりオリンピック。撃ちてし止まむ日本の政治。

 

フランスとクロアチア(旧ユーゴスラビア)

 決勝はフランスとクロアチアかー。クロアチア・・・、ダメだ、第二次世界大戦の頃の旧ユーゴスラビアを描いた坂口尚氏の傑作漫画「石の花」くらいしか知らない。よーしらん。
 かつては「東欧のブラジル」といわれた強豪国ユーゴスラビアが、国の分裂で弱体化したのは悲しい話だった。(クロアチアは1991年にユーゴスラビア連邦から離脱を表明。)

 頑固に「ユーゴスラビア」の看板を背負い続けながらも、とうとうセルビアから分離独立したモンテネグロが、アルゼンチンかブラジルにぼこぼこにされていたことも、うっすらと記憶にある。(モンテネグロユーゴスラビアに残留していたが、2006年に独立を表明。)
 (たぶん)それを乗り越えて強くなったんだ、クロアチアは。それはロシアにも言える。

 日本人になじみのある旧ユーゴスラビアの人と言ったら、やっぱりジェフ千葉や日本代表の監督を務めたイビチャ・オシム氏だろう。オシム氏は、日本に来る前にユーゴスラビア代表の監督をやっていたが、当時のユーゴは民族間の対立が激しくなって、まともにメンバーを組むことも大変だった。
 サッカー好きの弟Aによると、当時オシム率いるユーゴの選手は、PKになるとだれも蹴りたがらなかった。PKを外せば、自分を快く思わない異民族に殺される危険性がある、と選手は思っていたという。
 重い話だ。オシム氏はまた、日本代表がギリギリのところでワールドカップ進出を逃した「ドーハの悲劇」を、「人が死んだわけでもないのに、大げさだ」と冷ややかに語ったという。これまた重い。

 もっとも、日本でもオリンピックの会場建設で過労自殺者が出ているし、平和なはずの日本でも重たいところは重たい。

 フランス。

 オランダ代表とか、ベルギー代表の集まっている画像を見ると、本当にヨーロッパの代表には黒人選手が増えたなぁって思いますね。人種的な割合としては黒人が圧倒的に少ないはずの日本でも、アフリカ系のスポーツ選手が目立つようになりました。
 たぶんフランスはそのはしりで、1998年のフランス大会でフランスが優勝した時、すでにチームの中核にアラブ系やアフリカ系が多数いた。
 図書館に本を返したから、どこにあったのかわからないが、エマニュエル・トッド氏は、ドイツやイギリスと比較しても、フランスの民族間混合結婚の率が高いことを指摘している。これは興味深いデータ。建前や行儀のよい議論として「人種差別は悪い」と言っているだけではなく、フランス人は人種の違いを日常的な生活のレベルでも気にしていないのだと思う。もちろん、実態として人種差別が残っているとかいう話は聞く。
 ただ、フランス文化が「平等」好きなのは間違いない。これはフランス革命の標語が「自由、平等、博愛(友愛)」だった、ということにとどまらない。史上初といわれる労働者政府のパリ・コミューンであるとか、フランスの歴史は日本と比べ物にならないくらい、共産党共産主義の影響力も強かった。フランス人は、平等という価値観と生活が「好き」なのだ。

 

 

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3位決定戦

 サッカーワールドカップ。ベルギー3位。優勝候補といわれながら決勝戦に進めなかったのはベルギーサポーターにとって残念だったろうが、3位にまで食い込んだのは、ベルギーと全力で戦った日本代表のサポーターも誇らしいだろう。
 すかさずそれに水を差すようで悪いが、3位決定戦という存在意義の怪しい微妙な試合は何とかならないのだろうか。優勝をかけて争う決勝戦に比べれば、3位か4位かなんてどうしても小さいことになる。とうぜん準決勝と決勝の間にやるから、ローテーションもきついし、選手に悪い。

これは不幸にも体の弱い男、人生の坂道を転げ落ち続けている男の血書である。

 近況。

 WEBライターの仕事を始めたものの、体が弱くて順調にいかない。それはまぁ、ある程度予想された事だった。驚くところはどこにもない。まだ三つしか記事を書き上げていないが、それらに集中的に取り組んでいた次の日、二度も腹を壊した。激痛と気分の悪さで本当に苦痛だった。

 しかしこれではっきりと、「体が悪い」ということは再確認された。病院で、医師に強く訴える。そこではっきりとした回復に向けた治療が示されないなら、市立病院や大学病院に行く。
 全く仕事をせず、多少の雑用以外はのんびりしていたため、最近でいえば体は悪くならないが将来の展望もない状態だった。しかし「将来の展望がない」というのは、医者が直接解決する問題ではないためか、「仕事ができなくて不安」「どうすればいいのか」といっても、「あせらないで」といったいかにも型通りな返答のみだった。
 発達障害だから・・・、うつ病もあったから・・・、「あせらないで」。それは全く正論なのだろう。しかし養ってもらっている両親が年を取って、体にどんどんがたが来ていたり、収入が細る客観的現実というか、外部の状況が全く変わらない。じわじわと進行するのみ・・・。その客観的現実が間違っているのか(福祉の問題とか)、「あせらないで」「縛られない」「勝間和代にならなくていい」といった慰めの言葉だけがいじくりまわされているのか。

 そんな難しいことなど私にわかろうはずもないが、12年とか8年とか三つの病院に通っているのに、なぜ体はほんの少し変わっただけなのか。
 そこで皆さんは思うだろう。「病院を変えればいい」。実際、弟Aも「治らない」といったら、何度も病院を変えろと説教した。ただし、治らないからと病院をころころ変えるのは素人考えなのか、週刊誌やテレビ番組では「医者を変えたら劇的に治った!」という話が人気だが、プロの医者やジャーナリストは「医者を変えろ」とはめったに言わない。
 近藤誠氏のようなインチキ臭い主張の医師もいるし、週刊誌やテレビ番組の情報を当てにして、マスコミ名医を求めて大病院に行くのも浅はかな考えに思える。・・・が、もうできることはすべてやるしかない。
 そういう考え方の迷いはともかく、そもそも体が悪くて、遠くの市立病院や大学病院に行っても体が持つのかわからなくて、怖くて行けなかった。

 じゃあなんでのんきにツイッターをやっていたんだ? と思われる方もいるかもしれないが、私の人間的素質なのか、元気がなくても口先だけはうまく回るので、色々と思うところをしゃべったり書いたりしているのだ。これが逆に誤解されやすいのかもしれない。一見ペラペラ達者にしゃべっているから、「体が悪いといっても、たいしたことないだろ」と軽くみられるのかもしれない。
 そういえば、市役所や就労支援のところに行った時も、「話し方もはっきりしているし・・・」と良い印象を与えて、社会復帰は難しくないと思われたようだ。はじめて就労支援に行ったとき、まともに対面することもできず、横を向いて話す状態だったらしく、すぐに次は母親との同伴になった弟Bとは対照的だった。その弟Bは、今年の春に障碍者雇用枠で就職が決まり、毎日決まりよく会社に通っている・・・。
 就労支援は1年くらい通って、結局結論が「病気は病院で治して」だったから、つくづく当てにならないと思ったが(とにかく「就労支援に行け」といった弟Aも悪い)、病院はどうなのだろうか。

  客観的にはそうなって当然だったのだろうが…、自分の中では奇妙な転落の連続である。