馬と鹿と野と郎の日記

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

沖縄県知事選の結果に思う。もし、朝起きて米軍基地が隣にあったら。

 最近マンネリの「人間観察モニタリング」。俺が企画を立てるとしたら、保守派が朝起きたら、隣に米軍基地や原発が立っているのを受け入れるのか受け入れないのか、試してみたいね。

 沖縄の米軍基地問題は、原発問題とある種似た構造を抱えている。保守派は「中国や北朝鮮の脅威があるので、米軍基地は必要だ」といっているのだけれども、そんなに素晴らしい米軍基地を、自身の自宅近所に誘致しようとは思わない。自分の住む町に米軍基地があれば、一番安心のはずなのに。
 社会風刺映画「東京原発」で、「そんなに原発が安全なら、東京のど真ん中に立てればいいじゃない」と問題提起されたが、原発や米軍基地の必要性を言い募る保守派も、結局実際上のリスクは政治的立場の弱い地方に押し付けようというハラなのだ。バレてるよ。
 米軍基地の問題は、様々なレベルで慎重に腑分けしなければいけない。国防上の必要性から、オスプレイ等の事故の危険性、基地の騒音、実質治外法権を認めた米軍地位協定、・・・エトセトラ。極端な反基地派はこれらの問題を一緒くたに論じがちなので、またまた保守派にも、「じゃあ中国や北朝鮮の脅威はどうするんだ」という雑な反論が許されてしまう。
 また、議会と選挙に現れる代表民主制というものも、争点がずらされたり拡散しやすいあいまいさがあって、本土の人間や政府は、「基地の騒音をどうにかしてほしい」といった近隣住民の切実な願いを無視する方向でいた。

 今回の沖縄知事選では、自民党支持層や公明党支持層(つまり創価学会系)からも、デニー玉城氏へ票が流れたという。

 ついに「安倍政権が見限られた」「終わりの始まりだ」という人もいるが、本土の左右対立を疑似的に沖縄に持ち込む早合点をしてはいけない。沖縄の人たちは、保守派だったら、創価学会支持者だったら、自公が推す佐喜真氏に入れる、というような機械的意思表明から離反したのだ。

 「地方の人には地方の考えがある」という当たり前のことをかみしめたい結果なんだ。