馬と鹿と野と郎

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

メモ。手塚治虫作品の鬱度、時期的な違い。

togetter.com

 コメント欄に書いた文章、全文。(加筆と微修正あり)↓

 山の手さんのコメントがすでに書いているけど、「火の鳥」は編によって評価が変わる。「最高傑作」の呼び声も高い鳳凰編は、最初、悲惨な生い立ちからとんでもない悪党だった編主人公(我王)が、やがて才能に目覚めたり悟りを開いたり…、と読み手の情熱をかき立てる要素が強い。

 宇宙編になると、虐殺シーンで気分が悪くなる。

 手塚治虫作品全体がまた、時期によって鬱度が違う。劇画ブームに押されて「手塚はもう古い」と言われだした60年代から、「ブラック・ジャック」あたりで復活するまでの間は、本人のメンタルがやられかけていて、鬱作品が多い。(詳しいことは、夏目房之介手塚治虫はどこにいる」等の手塚研究本に書いてある)

 「アラバスター」は、手塚自身が全集あとがきか何かで「嫌い」って公言していた。