犬沼トラノオ日記

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

ヒシアマゾンと1996年のレースプログラム改定を語る。

 

 江面弘也「名馬を読む3」は、「六つも七つもG1を勝つ牝馬が何頭も登場してくると、ヒシアマゾンの存在が薄くなってきたようで(…)」(79ページ)となげいている。
 アマゾンは、クリスタルカップでの追い込みが有名だけれど、展開次第では前に行くことができた柔軟性も魅力だった。
 邪気眼のように制御できず暴れだしそうなローガイ・むーぶを抑えるために、あとは時代背景だけ解説する。

1996年とは

 ヒシアマゾンが5歳になった1996年、中央競馬のレースプログラムが大きく改定されている。

 アマゾンにかかわる点でいえば、ダービートライアルのG2・NHK杯が、NHKマイルCとして1600メートルのG1になり、秋華賞が新設され、エリザベス女王杯が2400メートルから2200メートルに、3歳(牝)限定から古馬(4歳以上)も出れるようになった。
 これは当時、「ややこしい」という批判もあり、「エリザベス女王杯をそのままにして、3歳以上牝馬のG1を作ればいい」といわれたりした。
 ただ、レースの名前でいえば、「秋華賞」は「桜花賞」に対応しているし、「エリザベス女王杯」というのは「牝馬ナンバーワン決定戦」っぽい。
 どっちがいいかは好みだろうけど、JRAのいかんところは「お役所仕事」というかな~、ファンの意見を汲まず勝手にレースをいじくるところにあった。

 
 それはそれとして、5歳時のアマゾンは、蹄を痛めてかつての走りは出来なくなっていた。エリザベス女王杯は、2着で入線して7位降着に終わっている。

 

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