馬と鹿と野と郎の日記

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

「麒麟がくる」メモ。※追記と訂正あり。

 

 

 私も、「麒麟がくる」の足利義昭は、史実とずいぶん違う印象をもった。もちろん、これは歴史書ではなくドラマなのだから、独自の解釈と人物像があっていいのです。

 遠藤賢一さんの安定した演技も相まって、受け入れやすい新しい義昭だった。

 

 (前記事でも使った藤田本、神田本によると、義昭が毛利氏のもとに落ちのびると、織田と毛利でいくつかの交渉が始まった。信長は義昭に対して、京に戻ってもらおうと提案したが、義昭が拒否している。義昭が鞆に落ち着いてから、織田と毛利の対決色が強くなっており、はっきりした記録は残ってないようだが、義昭が毛利をけしかけたという流れが想像できる。)

 訂正。「はっきりした記録は残ってないようだが」× →記録はあるようだ。

 

 ※追記と訂正。
 そういえば、信長と義昭の関係にテーマを絞った本があったな、と思って谷口克広「信長と将軍義昭」を読んだ。やはり、義昭が毛利氏を頼ってからのことも、詳しく書かれている(第6章の第3節)。

 後藤寿庵氏がさらさらとツイートしていたように、鞆でも御内書という信長追討呼びかけの手紙を、各大名に出しまくっている。(先のブログ記事に、訂正を加えておこう)

 シンプルなまでに信長嫌いを貫いた義昭に比べ、複雑なのは毛利の動きだった。

 毛利氏としては、畿内を制圧した大勢力である織田に勝てるかどうか分からないので、和睦の可能性を残しながら、場合によっては戦うという綱渡りのプランを策定している。