馬と鹿と野と郎

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

韓国の元徴用工訴訟と、日韓条約をめぐる断層。 追記あり。さらに修正あり。


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 日韓請求権及び経済協力協定(まとめて日韓条約と呼ぶ)が締結されたとき、日本側から支払われた無償3億ドルが、強制労働その他の補償として十分だったとは思わない。が、この件では日本側も朝鮮半島に残した在外資産その他の請求権を放棄し、国内の引き揚げ者には政府が補償を行った。

 引き揚げの苦労を経験した人も少なくなった現在、日本人は「終わった問題」だと思っている。この認識のずれこそが、もっとも大きいのではないか。

 
 ところでこういう事態になると、ネット右翼は「いかに韓国が最低で最悪な国か」と熱弁するけど、客観的には全く逆なんだよね。韓国は近代的な三権分立が確立していて、行政府が行政府の都合でいうことと、違った司法判断を下せる。これが中国だったら、政府の意向で判決なんてどうにでもなる。

 サハラ以南アフリカ(ブラック・アフリカ)の国々が、今も旧宗主国のフランスに依存しているように、独立後の国家運営が失敗するほど関係は保たれるのかもしれない。皮肉な話。

 
 文献案内。日韓条約をめぐる諸事実については、高崎宗司「検証 日韓会談」が詳しくて参考になる。著者の個人的解釈が韓国に好意的すぎるが、そういった記述を差し引いても勉強になる本。

 追記。日韓交渉と日韓条約の研究者としては、他に太田修氏や吉澤文寿氏がいるが、ぶっちゃけて言うと彼らは議論の質が低い。この二者の出した新しい研究書があてにならないので、20年以上前の「検証 日韓会談」が今も読みやすい本になっている。

 

検証 日韓会談 (岩波新書)

検証 日韓会談 (岩波新書)

 

  追記。

 補足。日本が朝鮮半島に残した在外資産は、1945年ごろの推定だと、700億円程度とされている。ちなみに3億ドルは、日本円にして約1000億円。(岩波新書「遺族と戦後」より。)
 韓国政府は、日韓条約で支払われた無償・有償併せて8億ドルを、植民地支配の「賠償金」として受け取った。これは「すごい金額の賠償金を受け取った」といって、韓国国民を納得させるため。

 当時交渉にあたった金鍾泌・中央情報部部長によると、「8億」と提案したら、「あの大きな大平さんが本当に30センチも飛び上がった」が、1時間近くたって大平正芳外相は、「あなたの決死の覚悟に打たれました」と語って納得したらしい。(「検証日韓会談」134ページ。大平正芳元外相・首相の回想とはずいぶん違うため、韓国政府がよくやったと見せるための誇張。)
 だから基本的に、韓国政府は賠償を請求できないし、してもいない。これが変わるのは、李明博大統領の時に、韓国最高裁が「元慰安婦救済のために政府が努力しろ」と判決を下してから。

 中国政府なんかは、当時条約で賠償を放棄したのも中国共産党だから、政権の正統性と面子のために、中国人の賠償請求を取り上げない。中には訴訟運動を弾圧され、日本の人権派弁護士に助けてもらっている中国人もいる。