馬と鹿と野と郎の日記

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

生活保護受給者が自殺したら「国民の税金が浮いた。儲けもの」と考えさせているのはだれか。

 

 

 ドラマ「健康で文化的な最低限度の生活」

 主人公の前向きな気持ちが、朝ドラヒロイン的なステレオタイプではあるものの、題材は面白いと思う。
 刑事ドラマ・医療ドラマがなんであんなに多くなるのかというと、殺人事件を捜査したり、手術で患者を救ったり、「人の命」にかかわる仕事だから。日々の仕事を描くだけで、自然とドラマチックになる。それに比べると、生活保護ケースワーカーが困窮者の生活に深くかかわっているのにスポットが当たってこなかったのは、この国の生活保護に対する関心の偏り、偏見(不正受給くらいにしか関心がない)を表しているのかもしれない。
 「不幸慣れ」というのは言いえて妙な言葉で、私も長年病気に苦しんだせいか、新しいことを始める気持ちがどんどんと減退していくのがわかる。今の状況ではどんづまりなのに、なぜか保守的というか、何も動き出そうとしない。弟Aに「体を鍛えろ」とか言われても、どうもやる気が出ない。
 また、ドラマ内で「国民の税金がかかっているんだ」とことあるごとに自立を促すよう注意する係長や、自殺した受給者に「多い担当が一人減った」「国民の税金が浮いた」「そう思わなきゃやってられない」という人は、ドラマの憎まれ役だったり、あるいは憎まれ役を買って出ている。
 しかしもうちっと構造的に考えるなら、「国民の税金を無駄遣いするな」とプレッシャーをかけているのは、ほかならぬテレビの前の視聴者、国民そのものである。ときどき生活保護ケースワーカーが少なくて、一人で大量に担当しているとか、保護を打ち切られそうで困っている人とか新聞記事で問題提起されているが、大して世論も呼び起こされない。

 虐待されて「ゆるしてください」とノートに必死の思いで訴えていた子供にはワッと世論の同情が集まって、政府も児童相談所職員の増加を決定した。これ自体は当たり前でいいことだが、生活保護の改悪(生活保護引き下げ等)をめぐる世論の鈍さは、命を線引きしていることを生々しく物語る。虐待された子供は「かわいそうで無垢な被害者」だが、自殺した生活保護受給者は「無垢ではないし、それほどかわいそうでもない」という風に。

 

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