馬と鹿と野と郎の日記

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

深淵を見るもの。感想。ジャック・エル=ハイ「ナチスと精神分析官」 追記あり。

 図書館で借りた本、メモ。
 「ナチもの」は、普段お堅い歴史書を読まない層にも需要があるのか、比較的いろんな出版社から出ている。興味本位で面白がるだけの本は読みたくない…。そういう時、安心のブランドとしては白水社などがあるわけだが、KADOKAWAっつーと、ちょっと「大丈夫?」と思ってしまう。しかし、内容はいたってまじめで、読みごたえがあった。
 かつて「KADOKAWA(旧・角川)で面白かった本は、「平清盛の闘い」くらい」といっていたが、修正しよう。「ナチス精神分析官」も面白い。
 連合国軍の精神科医ケリーと、心理学者ギルバートは、国際軍事裁判にかけられるため拘留されていたナチ党幹部に対して、裁判ができるかどうか精神鑑定や精神状態のチェックを任じられた。しかし、「あのナチ党の大物たちと、直接話ができる」という絶好のチャンスは、二人を「ナチス精神分析」に駆り立てた。
 とはいえ、本書の主人公格はケリーであり、ギルバートの方はわき役といえる。なぜそうなっているのかは、ギルバートがニュルンベルクのナチ党幹部を「異常者たちの集団」と、割とステレオタイプに見たのに対し、ケリーはナチ党幹部の人間性、特にナンバー2であったゲーリングの人柄に、大いにひきつけられていたからだ。(本書において、もう一方の主人公はゲーリングであり、表紙もゲーリングの写真となっている。)
 ギルバートの「ナチ党幹部は異常。ナチズムも異常」という結論に対し、ケリーは「ナチ党幹部に際立った異常性はなく、アメリカでも文化や教育に気を付けなければ、ナチズムと同種の社会現象に陥りかねない」と警告を発した。ギルバートは、ナチ党幹部の野心と出世欲が強すぎて、目的のためには手段を選ばない傾向などを列挙したが、ケリーからすれば、それは多かれ少なかれ、成功した政治家やビジネスマンにも共通する性格だった。
 それから精神医学は、大きく分けてこの二つの見方が戦い続けることになる。ミルグラム実験等の心理テストを経て、近年ではケリーの方が支持されてきているらしい。
 その後ケリーは、精神医学から犯罪学へと軸足を移し、ナチ党への関心を持ち続けていたが、自殺、それもゲーリングと同じ青酸カリによる服毒自殺という、奇妙な縁を感じさせる最期を遂げた。
 まるでニーチェの有名な箴言、「深淵を見るものは、深淵の方からも見られている」を体現するかのように、ケリーはナチ党幹部をテストしながら、自身もナチの闇に取りつかれてしまったのか・・・? それが、本書の中心テーマである。

 追記。

 急いで書いたつもりはなかったが、あとになると、いくつか追記したくなった。
 ゲーリングは実際のところ、客観的に見ても頭のキレがよかった。ギルバートの実施した成人知能テストでは、「マルクの魔術師」といわれたライヒスバンク(ドイツの中央銀行)総裁シャハトに次ぐ、2位の成績。戦犯裁判においては、英語が理解できたため、検察の論告等が翻訳されるまでに反論を練り上げることができた。これらのエピソードは、ニュルンベルク裁判の本にもある。
 (ミルグラム実験。イェール大学の社会心理学者スタンレー・ミルグラムが、「人は残酷な命令にどれだけ服従するのか」を試した実験。「記憶と罰の効果についての実験」と偽って、一般人から「教師役」を募集し、解答を間違えた生徒役に電流を流させた(実際には流れておらず、生徒役は痛がっている演技をするだけ)。実験者は次第に強い電流を流すように命令し、生徒役はますます激しく痛がるふりをしたが、60パーセント以上の参加者が命令通りに電流を流し続けた。倫理的に問題があるので、現在このような実験は禁止されている。詳しくは、川合伸幸「ヒトの本性」161~164ページなど。)

 

 書誌情報

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