馬と鹿と野と郎

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

「天才」武豊と競馬人気

 キタサンブラックは、次に宝塚記念を走った後、凱旋門賞に挑戦するらしい。鞍上の武豊氏は、これがおそらく最後のチャンスになるだろう。なにしろトップジョッキー武豊も、近年は勝利数がどんどんと落ちていた。年齢的にも、引退が近いはずだ。
 武豊といえば、デビュー初期以来、その鮮烈な活躍から「天才」と呼ばれた。競馬を知らない一般人でも、「武豊なら知ってる」という人は多い。
 一方で、競馬界には武をあまり評価しない人もいた。「競馬の神様」と言われた故・大川慶次郎氏は、「(武豊の実力は)岡部幸雄の半分」と書き、関東で岡部に次ぐ実績を上げていた的場均氏は、「僕にとって天才というのは福永洋一さんだけなんです」といった。
 競馬殿堂入りした福永洋一騎手が、むかし馬券師たちに「迷ったときは福永から流せ」といわれるような、底知れない騎乗スタイルでカリスマ性を持っていたことに比べると、武は馬の素質を活かして乗る、ごくベーシックな騎乗スタイルと言えよう。
 サイレンススズカステイゴールドのように、武が乗ってから勝てるようになった馬も、「武だから勝てた」という意外性は薄い。そのせいか、玄人ぶりたい競馬ファンほど、「武豊はうまい」といわない。
 しかし、ダービーなどの大レースをテレビで見るだけの、浅い競馬ファンである私の父なんか、武豊しか見てない。それくらいしか知らないからだ。
 私も病気休養などで、競馬観戦から離れていた時期があるから、浅い競馬ファンの見方が分かる。競争馬の選手生命は短いから、数年するとすっかり入れ替わっている。馬は入れ替わっても騎手はそうそう入れ替わらないから、いきおい、馬ではなく騎手を覚えることになる。
 今をときめくルメールデムーロでも、武ほどの知名度は持っていない。武豊が象徴していた競馬人気というのは、とてつもなく重い。