犬沼トラノオ日記

「・・・ところで、ご存じですかね、アルジェリアの総督の鼻の下には、瘤があるのを?」(ゴーゴリ「狂人日記」)

ヘタレなもので・・・。表現規制問題と弁明。

 表現規制の問題はいろいろ難しく、力不足なのに首を突っ込まない方がいいのだが・・・。

 ひとつふたつ。規制反対派の言う「ポルノ表現が規制されれば、やがて表現の自由全般が抑圧される」というのは、仮定の話に過ぎない。左翼が言う「やがて徴兵制が導入されてしまう」というのと同じで、「徴兵制を導入するつもりのない集団安保法制賛成派」からすれば、痛くもかゆくもない。

 青識氏たちは話が単純すぎる。「ヘイトスピーチ表現の自由」といっても、現に欧米諸国で人種差別禁止法が制定され、近年では日本でもヘイトスピーチが法的に否定された。そこで「ヘイトスピーチやポルノを規制すれば、やがて表現の自由が深刻に抑圧され・・・」ということが、どれほど妥当するのか。そういう観点も存在しうる。

 世界的に見れば、先進国でポルノ表現の規制は厳しくなっており、日本は相対的にゆるい。先進国の中で「表現の自由が抑圧された」という具体的事例がないと、説得力は増さないだろう。
 青識某氏と論争したときもそう思ったのだが、博識な青識氏なら何か知ってるかと思い、その時は切り出す勇気がなかった。ヘタレなもんで・・・。

 表現規制は、法的レイヤーから道徳的レイヤーにまでまたがる。「法は最低限の道徳」といわれるように、議論にせよ実践的取り組みにせよ、道徳的な次元で耐えがたくなったものは、強制力を持った法的次元に移る。

 表現の自由問題の難しいところは、なんでも自由であればいい、規制がなければないほどいい、という単純な話ではないことだ。

 もし表現の自由が徹底して絶対であるならば、エロ漫画などを法律上「18歳未満禁止」にすることも、不当な規制になってしまう。もちろん、ハードなエロ漫画がジャンプだマガジンだ少年誌に乗っていたら、非難ごうごうだろう。
 つまり、「エロ本は18歳未満禁止」といった適度な規制は当然必要になるし、アメリカのテレビ業界が、テレビへのゾーニング、年齢フィルタリングの導入に賛成したように、世間の非難をかわすために、ある程度表現規制を受け入れるという戦略もある。

 本屋に並ぶ露出の多い服の女性キャラとか、性的な女性キャラの表紙も、ただちに法的規制をしてはならないが、本屋や出版業界が道徳的配慮として取り組みをするかどうか、課題は残る。