馬と鹿と野と郎

「世人は欺かれることを欲す」(ペトロニウス)

「100分de名著」 エーコ「薔薇の名前」第1回、私的解説。

 

 

 世界で5000万部以上のベストセラーになったらしいが、日本では売れたのかな。売れたという話を聞かない。
 記号論を専門とする哲学者が書いただけあって、「薔薇の名前」は難解とされている。されているがゆえに、わかりやすく解説する番組の価値がある。(「堕落論」や「日本文化私観」だと短すぎた。1か月かけて番組を見るより、読んだ方が早い。)
 まず「主人公はフランチェスコ会の修道士で、宗派対立を調停するため・・・」といった、日本人にはめんどくさい設定をスルーして、「これはシャーロック・ホームズのパロディーなんだ」というところから入るのは良かった。そういってくれると、がぜん親しみがわくじゃないですか。
 「薔薇の名前」は、作者ウンベルト・エーコが、古本屋でとある古い手記を見つけた、という話で始まる。これはもちろんただの設定で、書いたのはエーコ本人。「ワトソンが書いた文章を、コナン・ドイルが出版した」という設定と同じようなものだろう。

 しかし中世時代に書かれた文章という形式をとったため、その時代特有の遠回しでくどいレトリック(修辞)が延々と続く。番組内でも、あまりの長さのためか、朗読の時ところどころ「略」されていた。
 それでも、最初のページに飾られている一節は面白い。「手記だ、当然のことながら」というのだ。“これはただの××ですよ”と念押しするものに、「ただの何々」であったためしはない。読者はここで、作者エーコから挑発されるわけだ。「この作品の意味を読み取って見せろ」――と。