決勝はフランスとクロアチアかー。クロアチア・・・、ダメだ、第二次世界大戦の頃の旧ユーゴスラビアを描いた坂口尚氏の傑作漫画「石の花」くらいしか知らない。よーしらん。
かつては「東欧のブラジル」といわれた強豪国ユーゴスラビアが、国の分裂で弱体化したのは悲しい話だった。(クロアチアは1991年にユーゴスラビア連邦から離脱を表明。)
頑固に「ユーゴスラビア」の看板を背負い続けながらも、とうとうセルビアから分離独立したモンテネグロが、アルゼンチンかブラジルにぼこぼこにされていたことも、うっすらと記憶にある。(モンテネグロはユーゴスラビアに残留していたが、2006年に独立を表明。)
(たぶん)それを乗り越えて強くなったんだ、クロアチアは。それはロシアにも言える。
日本人になじみのある旧ユーゴスラビアの人と言ったら、やっぱりジェフ千葉や日本代表の監督を務めたイビチャ・オシム氏だろう。オシム氏は、日本に来る前にユーゴスラビア代表の監督をやっていたが、当時のユーゴは民族間の対立が激しくなって、まともにメンバーを組むことも大変だった。
サッカー好きの弟Aによると、当時オシム率いるユーゴの選手は、PKになるとだれも蹴りたがらなかった。PKを外せば、自分を快く思わない異民族に殺される危険性がある、と選手は思っていたという。
重い話だ。オシム氏はまた、日本代表がギリギリのところでワールドカップ進出を逃した「ドーハの悲劇」を、「人が死んだわけでもないのに、大げさだ」と冷ややかに語ったという。これまた重い。
もっとも、日本でもオリンピックの会場建設で過労自殺者が出ているし、平和なはずの日本でも重たいところは重たい。
フランス。
オランダ代表とか、ベルギー代表の集まっている画像を見ると、本当にヨーロッパの代表には黒人選手が増えたなぁって思いますね。人種的な割合としては黒人が圧倒的に少ないはずの日本でも、アフリカ系のスポーツ選手が目立つようになりました。
たぶんフランスはそのはしりで、1998年のフランス大会でフランスが優勝した時、すでにチームの中核にアラブ系やアフリカ系が多数いた。
図書館に本を返したから、どこにあったのかわからないが、エマニュエル・トッド氏は、ドイツやイギリスと比較しても、フランスの民族間混合結婚の率が高いことを指摘している。これは興味深いデータ。建前や行儀のよい議論として「人種差別は悪い」と言っているだけではなく、フランス人は人種の違いを日常的な生活のレベルでも気にしていないのだと思う。もちろん、実態として人種差別が残っているとかいう話は聞く。
ただ、フランス文化が「平等」好きなのは間違いない。これはフランス革命の標語が「自由、平等、博愛(友愛)」だった、ということにとどまらない。史上初といわれる労働者政府のパリ・コミューンであるとか、フランスの歴史は日本と比べ物にならないくらい、共産党や共産主義の影響力も強かった。フランス人は、平等という価値観と生活が「好き」なのだ。
世界一になったサッカーフランス代表選手。
— sapipa (@sapipa_i) July 16, 2018
ルーツはアフリカでも生まれはフランス。
フランス人はこの心情的複雑さをもう乗り越えたのか。
ジダンもアンリもルーツはアフリカ。 pic.twitter.com/i1aWllKN0j
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